統一地方選挙を終えて
こんにちは。しのはら豪です。
昨年より「私を育ててくれた金沢から横浜、そして日本を変えよう!」と言って街頭等で活動をさせていただきましたが、いよいよその第一歩を実現させていただけることになりました。
ここまでに多くの皆様のご指導をいただきました。大変お世話になりました!
おかしな話のような気がしますが、法律の関係上、謝辞を申し上げること、選挙後にお礼を伝える訪問も一切禁止されています。(大変な違和感を感じる話ではありますが…)
つきましてはしばらくの間、引き続きお世話になった方々にはお礼を申し上げることができません。大変ご無礼をいたしますこと、まずは深くお詫び申し上げますととともに、制度上の問題(欠陥)ということで、何卒ご寛恕くださいますようお願い申し上げます。
そこで、同じ思いで長い活動期間をずっと一緒に支えてくださった、友人のメッセージを、私のご挨拶に変えてご紹介させていただきます。ぜひご一読いだだければ幸いです。
Let’s Go Yokohama!
篠原豪
———-【統一地方選挙を終えて】——-
高校の先輩である私の長年の友人が、一昨日投開票の統一地方選・横浜市議会議員選挙に出馬しました。
その挑戦をはじめて聞いたのが昨年11月末。様々な方面でお世話になった友人なので、12月より毎日出勤前後&休日を使って選挙のお手伝いをしてきました。
はじめは長年の付き合いからの友情のみではじめたお手伝いでしたが、横浜市政の実情を知るに連れ、自分の気持ちに大きな変化がありました。横浜市は生活満足度の高さに隠れた様々な問題に直面しており、その多くは市政に責任があり、解決も市政運営によって果たせることがわかったからです。
私を育ててくれ、友人、家族が住む横浜の政治を現職の議員だけに任せたままにするわけにはいかないだろう、と感じるようになり友情に責務の思いが加わったのです。その後はさらに熱を増して活動してまいりました。
その地に組織も地盤も一切ない状態からのスタートだったので、他の誰よりも頑張らなければ結果がでないことは明白でした。雨の日も、風の日も、雪の日も、一日たりとも欠かさず、街頭で市民の声に耳を傾け、こちら側からもメッセージを送ってきました。ご挨拶をさせてもらった人の数は数万人にのぼります。
選挙戦も後半に近づくと、当確ラインには及ばないのではという予測情報もありました。
しかし街頭での「貴方達の陣営が一番頑張っている」との多くの市民の声を希望に最終日まで頑張ってきました。
11月の最初の選対会議はたった3人のみだったスタッフも、すべてボランティアでお願いしているにもかかわらず、
次第に人数が増え選挙戦最終日には数十人が集まることができました。
そして投票日、私は開票所で結果を確認し事務所に連絡する役目。
一回目の途中経過発表時は落選順位で、その経過を本人に伝えるときの思いは言葉では言い表せられない心苦しいものでした。
しかしその後まもなく二回目の経過発表があり、
逆転での当確が決定しました。
晴れて一新人候補者から、368万人市民の生活を司る立場になった友人の今後。選出して頂いた方々から託された思いを少したりとも無駄にすることは出来ません。
議員とはいえ僕らと同じ一市民です。先生なんてよばせません。
市民目線を忘れ、街頭でお約束した政策実現への道から外れるようなことがあれば、後輩という立場であること関係なく、容赦なくカツをいれてまいりますので、強いスピリットを持った横浜市会議員への応援を皆さんお願いいたします。
3.11未曾有の大災害がおき、これまで経験がない国難と立ち向かう日本にとって、この度の統一地方選挙で選出された各地方自治体の議員の責務は非常に重要であります。
3.11以前以上の街づくりを果たすには、これまでの既存の政治マニュアルは通用せず、地方自治体の在り方は新たな局面に変わっていくという覚悟をもって取り組んでいく必要があります。我らが日本のために、今回選出された全ての地方自治体の議員に期待をこめてエールを送りたいと思います。
2011年4月12日